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西門町そぞろ歩き 今昔交差! 若者文化発信基地と台北城と西本願寺?!

今宵のそぞろ歩きは、台北の西門町せいもんちょう/シーメンディン)。原宿とか渋谷のような街と表現されることが多く、台湾の情報や文化の発信基地となっていて、若者たちで夜遅くまでごった返しています。

また、映画館がたくさんあるのも特徴で、今昔、映画の街として知られ、日本統治時代から今に続いているとか。

調べて驚いたのは、西門町という名は通称で、日本統治時代の町名の「西門町」が通称として使い続けられているとのことで、Wikipediaによれば、「町」の字は本来田畑のあぜ道を指す字であり、日本語以外で「町」は「街」の意味で使われていないため、西門町は中国語圏では特殊な表記の地名であるとのことです。

そんなこともあってこのエリアには日本統治時代の名残を残すものとして何と西本願寺の跡も残されていました。

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<西門町/台北市萬華区>

141228西門町4

台湾はやはり先進国ですね!街もきれいだし、安心して歩けます。ただ、どうしてか私が行くときは必ず雨が降ってしまうのが腹立たしい限りです。

141228西門町1

この日は深夜の台北・西門町エリアのそぞろ歩きです。

141228西門町3

西門町のメインストリートには平日にもかかわらず若い人たちがごった返しています。

141228西門町2

Vサイン、ありがと。

<台湾に台北城があった!?寶成門(宝成門)の光のオブジェ>

141228西門町5

西門町のはずれで見つけました。これは何だと思いますか?

台北城(台北府城)は、清の時代に台北を治めるため、台北府がおかれた城郭で、東西南北に、景福門、寶成門、麗正門、承恩門、南西に重熙門という5ヶ所の門が設置されたそうです。台北城は1882年に着工、1884年に完成しましたが、1904年に台湾総督府により城壁の大部分が撤去され4つの城門が残るのみとなり、実質的に30年間しか存在しなかったようです。1935年に台湾総督府により、残った4つの城門が史跡指定されましたが、建設当時のまま残っているのは、北門にあたる承恩門のみです。(Wikipediaより)

141228西門町6

少し正面に回りこみます。

5つの門をどうするかと審議中(?)に真っ先に壊されてしまったというのが西門にあたる「寶成門宝成門)」でしたが、数ある門の中では一番素晴らしく、宝のようだということでその名前がつけられたとか?!

141228西門町7

さらに、さらに正面に回りこみます~。正面に回り込めば回りこむほど、その形が完成形に近づきます。

141229宝成門

ちなみに、これが昔この辺りにあったとされる西門・寶成門(宝成門)です。昔はこんな風に人々が行き来し・・・、

141228西門町8の2

今はこんな風に若者たちが行き来します・・・。

道路を挟んだ西門町の繁華街から見れば完成形。昔のイメージをよく表していますよね!今は他の門と違って影も形もありませんが、今は門のあった付近にオブジェとしてその存在を示しているのです。

<日本人が設計したという、西門紅楼(シーメンホンロウ)>

141229レンガ

西門町といえば台北を訪れる日本人にとって有名なのが赤レンガの西洋建築物。西門紅楼シーメンホンロウ)。西門紅楼は1908年にが建てられた100年を越える建築物とのことです。

案内によれば、もとは台湾で初めての政府が建設した公営市場で、台湾で最も古い古跡市場建築物でもあります。当時台湾総督府建築科を担当し、西洋建築が得意だった日本籍建築家近藤十郎が設計し、若くて大胆なアイデアで、「八卦造型」をとりいれ、八方から集まってくるイメージを市場の入り口にして、東西建築史上初めての「十字架造形」を市場の主体の特色にしたそうです。

141229レンガカフェエリア

食事やお酒を飲むことができるカフェエリアも整備され、にぎわっています。

現在は八角楼と十字楼に、隣の南北広場を加え、劇場、展示館、西門紅楼茶坊、16の工房、月光映画館、露天カフェエリアなど多元的な地区を設けた総合的な施設となっており、台北市の新しい顔として「西門紅楼」と呼ばれているそうです。

<西本願寺広場 台湾に西本願寺があった!>

141229西本願寺

西門町の繁華街からちょっとだけ歩いた場所には西本願寺広場 (萬華406號廣場)と言う場所がありまして、そこには日本統治時代に日本のお寺があったとのことです。お寺の名は、本願寺台湾別院といい、浄土真宗本願寺派の別院で通称「西本願寺」と呼ばれていたそうです。

現在はお寺の階段部分を残し、公園整備されています。

141229西本願寺1

昔はこの階段の部分の上にこんな立派な建物が建っていたのですね・・・。

Wikipediaによれば、明治29年(1896年)に「本願寺布教所」として建立されましたが、戦後、廃寺となり、1975年に本堂をはじめ、ほとんどの建物が焼失してしまいましたが、2006年に台北市政府によって残った鐘楼、樹心会館が市定古跡、輪番所、遺跡(参道、本堂、御廟所)が歴史建築に指定されたそうです。

141229西本願寺2

復元されたと言う鐘堂(しょうどう)に鐘(かね)。現在、西本願寺の跡地は、史跡公園として整備され、鐘楼や樹心会館、輪番所、本堂の基壇などの復元工事が進められているそうです。

西門町は若い人たちの最新文化発信基地を体験できるだけでなく、一方で台北城の門のオブジェで台湾の歴史を知ったり、現存する西門紅楼、西本願寺跡などで日本統治下の様子の一部を感じたりすることのできる場所でした。

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<MAP>

141229近隣MAP

「西門町界隈/台北市萬華区」
1. 寶成門(宝成門)の光のオブジェ
2. 西門紅楼(シーメンホンロウ)
3. 西本願寺広場

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