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国立慶州博物館 うちの御先祖さんたちはすごかったと思わず韓女も漏らした、必見のお宝満載の博物館

いやいや、慶州って見所が多く感激します。そして、その感激の場所をもうひとつ!それが、国立慶州博物館 (クンニプ・キョンジュバンムルグァン)です。やはりここは慶州に来たらはずせない場所だと改めて思いました。

韓国観光公社の案内によれば、国立慶州博物館の歴史はなんと90年!新羅の(BC57-AD935)の首都であった古都・慶州の文化遺産を数多く見ることができ、非常に貴重な土器や美術工芸品に慶州市内の所々に残っている巨大な墓から発掘された金冠や冠飾り、帯、耳飾りなどの金装身具、雁鴨池から発掘された文化財なども必見です。また野外展示場には韓国の代表的な梵鐘である聖德大王神鐘があるほか、慶州地域の寺・宮闕の跡などから移された各種石遺物も展示されています。

私も実際に見て、王の墓からの装飾物など、まるでエジプトの発掘品並みの感動をいただきました!また、どうしてうちの国の人たちはこうも適当で技術への追求を怠るのだろうかと嘆いた、同行の韓国人のムンさんもその展示品の技術のすばらしさに、うちの御先祖さんたちはすごかったと思わず漏らしてしまうほどでした。

国立慶州博物館にはとてもたくさんの展示品がありますので、時間がそれほどないときは受付などでいただけるパンフレットにある国宝を中心に回るのがいいと思います。それでは私が目に触れることができたお宝遺産の一部を紹介したいと思います!気になるものがあったら、皆さんも是非、訪ねてみてくださいね!

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<国立慶州博物館>

151216国立慶州博物館

<いきなり屋外展示がお出迎えしてくれます!>

151216国立慶州博物館鐘

駐車場から敷地内に入れば、大きな屋根を伴った展示が目には入ります。以下、紹介させていただきます展示品については国立慶州博物館のサイトの解説をもとにお伝えします。

聖徳大王神鐘- 高さ365.8㎝ 口径223㎝ 重量18.9トン。聖徳大王神鐘は771年恵恭王の時に作られた梵鐘で奉徳寺鐘ともいいます。統一新羅時代の梵鐘の模範といえる優れた傑作の聖徳大王神鐘は、当時の優秀な金属工芸技術を示しています。

151216国立慶州博物館鐘の解説

現在の展示では鐘が台の上に乗っているのですが、本来は鐘の真下に半円状の掘りがあって、鐘の響きを考えた設計になっていたそうです。

151216国立慶州博物館屋外展示1

仏頭 (手前)- 高さ 153.0cm 、重さは実に重量1.7トン !1959年、慶州南山の鉄瓦谷で発見された仏の顔の彫刻で、首の後がどこかに寄り添えるように彫られている点から見て、初めから本体がない可能性もあるそうです。 優雅な曲線の眉毛と硬く閉じた口、下唇とぜい肉のついた顎が分厚く彫刻されていますが、一方で、耳は表現されていません。統一新羅時代8世紀末ないし9世紀初めに制作されたと推定されるとのことです。

151216国立慶州博物館歴史館

国立慶州博物館には屋外展示場を含め、4つの展示場がありますので、時間をたっぷり取って見学がいいかも知れません。

<紹介しきれないほどのお宝展示がいっぱい!>

151216国立慶州博物館像6

鴨形注子(国宝)- 原三国時代の頃の鴨の形をかたどって作った象形土器。胴の中は空いていて、背中と尾には液体を入れて注ぐことができる穴があります。鴨形土器は埋葬儀礼に使って墓に副葬した特別な容器で、当時の人々が、鳥が死んだ人の魂を冥土に引き渡す霊媒の役割をすると信じていたことを示しているとのことです。

151216国立慶州博物館像3

騎馬人物形角杯(国宝)-伽倻のものだそうです。慶州金鈴塚で出土した新羅の騎馬人物土器と比較される伽倻の騎馬人物土器で、当時の伽倻人の武装状態を示している貴重な資料だそうです。中は空洞です。国宝。

151216国立慶州博物館像1

半跏思惟像-半跏思惟像は椅子に座った姿勢で左膝の上に右足をのせ、頭を下げた顔の頬に指を当てて瞑想にふけた姿で、釈迦が太子だった時、人生の無常を思索した姿だそうです。

ふっくらとした顔にはほのかな微笑が見られ、脚を覆っている衣服のしわは流麗で繊細、三国時代の半跏思惟像の中でも優れた造形美を持つ仏像に数えられるそうです。

151216国立慶州博物館像2

薬師仏-この薬師仏は仏国寺の阿弥陀仏、毘盧遮那仏と共に統一新羅時代を代表する金銅仏像に数えられ、
等身大の大きさであるにもかかわらず、鋳造と彫刻が優れ全体的な比例も優秀である。しかし、量感が節制された仏身と形式化された衣服のしわ表現などから、8世紀後半のものと推定されるそうです。

151216国立慶州博物館馬鎧

馬冑-これは戦闘で馬の頭を保護するためのもので、馬の胴を保護する馬甲と共に用いられたようです。水準の高い製作技術で作られ、その所有にも制限がともなうため、当時の社会的性格と文化相を明らかにするのに大変重要な資料の一つだそうです。

151216国立慶州博物館像7

金剛力士像顔-金剛力士は仁王または二王と呼ばれ、普通口を開いた像と口を閉じた像が一組になって表現される。石窟庵第1次修理の時、窟内部に積まれている土の中から左前腕と左手が一緒に発見されたもの。髪の毛は脳天に全て上げて結い上げており、大きく開いた二つの目と上がった眉毛、飛び出した頬骨など、怒った姿をよく表わしています。

151216国立慶州博物館瓦の上!

慶州皇龍寺の鴟尾- これは屋根の大棟の両端にあるものです。なんと高さは1.8m!

建物に入ってくる邪悪な気を追い払う辟邪と安全を渇望する願いとともに権威や威厳を象徴したします。古代宮殿と寺院建築に鴟尾が本格的に使われた時期は中国の漢代であり、朝鮮半島では三国時代から製作されたとのことです。 この鴟尾は全体的な姿が古代投球形態で皇龍寺址の講堂付近から破片を収拾して復元したものです。

151216国立慶州博物館像4

菩薩-慶州雁鴨池で出土した板仏は全10点のうちのひとつ。うち、2点は三尊仏形式であり、残りは全て単独の菩薩座像形式です。台座の下の部分に左右長さが異なる二つの尖ったものを刺した跡があることからこの彫刻像もどこかに固定したものと思われます。

151216国立慶州博物館瓦

面文円瓦当當-慶州と言えばこちらのマークがお馴染み!こちらは瓦の装飾です。高さ11.5㎝程のもので、分厚い唇と上に上がった口元、こけた頬、少し突き出た瞳が互いに交わって純真な微笑を浮かべている。顔の形状をした軒瓦を屋根の上に上げた理由は邪悪な気を追い払おうとする意図で製作したと見られる。 この瓦は日本統治時代に霊妙寺址から出土したと伝えられ、日本人の田中敏信が保管していましたが、1972年10月に国立慶州博物館に寄贈した文化財だそうです。

151216国立慶州博物館木船

- 長さ620.0cm 幅60~110cmのサイズの木の船。1975年に雁鴨池の東側石垣の直ぐ前でひっくり返った状態で発見された。完全な形1隻と2隻分の破片が収拾されました。木船にもかかわらず、池の底に沈んで酸素が遮断された泥の中に埋まっていたので損傷しないで発見されました。丸太船から構造船へ移る半構造船の形態で、2005年に発掘された昌寧飛鳳里遺跡の新石器時代の木船の次に現存する最も古い船である。

151216国立慶州博物館王冠

金冠。新羅5世紀頃のものです。今日まで発見された六つの新羅「金製帯冠」の中で最も古い始原形式であり、実際の木枝に真似た立飾りが特徴的である。国立慶州博物館ではこの他に飾り付けが立派な6世紀頃の金冠(国宝188号)なども見ることができます。

151216国立慶州博物館アクセサリー2

黄金の装飾品-慶州には円形古墳がたくさんありますが、そういった古墳の中にはこのような黄金の装飾品が多数発見されました。

<是非、立ち寄りたい場所!>

151216国立慶州博物館屋外展示3

慶州にお越しの際は国立慶州博物館に是非お立ち寄りされることをおススメします。短時間のとき、どんな展示があるのかを駆け足でご覧なりたいときは日本語パンフレットに記載の展示物を探して回るのが効果的だと思います。これらの展示を見れば太古の朝鮮半島がいかに進歩的であったことがうかがい知ることができます。

<MAP>

151216国立慶州博物館マップ

「国立慶州博物館 (국립경주박물관/クンニッキョンジュパンムルグァン)」
경상북도 경주시 일정로 186
慶尚北道 慶州市 日精路186  TEL 054-740-7518
・慶州駅から約1.5km、タクシーで約4分。約3,800ウォン程度(目安。道路事情などにより異なります。)
・公開時間 9:00 ~18:00 (土日・祝日は1時間延長)、9:00 ~ 21:00 (夜間開場, 4~10月中 毎週土曜日)
チケットの販売は閉館30分前まで 。休業日1月1日、月曜日(月曜日が祝日の場合はその次の日)
・ ホームページ  gyeongju.museum.go.kr (日本語あり)

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| 観光地(慶州・慶尚北道) | 05:30 | コメント:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

技術を伝える

こういう遺物を観ると、技の伝承というのはいかにむずかしいかと思わされます。朝鮮半島の歴史のなかで、新羅による三国統一から高麗朝中期までが文化的にも経済的にも社会的にも最盛期だったと私は思います社会経済的な視点からすると、ほんとうに朝鮮王朝は罪深いです。

| cda | 2015/12/18 08:04 | URL | >> EDIT

おはようございます~

通称「エミレの鐘」、懐かしいです。この博物館はなかなか見応えがありますよね。

私が行った時は韓国国内からの修学旅行生で賑やかでした。しかも外は土砂降りの雨、屋外の展示物はこの鐘しか見学できませんでした。

| ヨンミョン | 2015/12/18 08:42 | URL |

cdaさん

そうですね・・・。朝鮮王朝の取った儒教戦略はモノ作りの芽を摘み取った結果に終わったような気もします。

| seoulmiki | 2015/12/19 06:26 | URL | >> EDIT

ヨンミョンさん

コメントいただいたように、鐘は人気の展示のようでした。
我々が着いたときは鐘は貸切に近い状態でしたが、そのあと子供たちのバスが来て、鐘の周りで危険行為も行われていました・・・。^^;

| seoulmiki | 2015/12/19 06:28 | URL | >> EDIT















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